皇太后陛下の訃報と元朝日新聞皇室番記者・岸田氏のこと
(つづき)

岸田さんは もともと 昭和天皇 のお人柄に 名状しがたいほどの敬意を感じていた そのうえに こんなことがあったのだから 先帝崩御のときの 岸田さんは たいへんだった 朝日新聞社の首脳たちは 崩御と同時に 報道体制とは別に あるシフトをしいた それは 岸田自刃 から 岸田さんを守るための 若手記者の かわりばんこの見張りだった 岸田さんは 陛下 が 重篤に陥られたときから 周囲に いざとゆーときは 自分は 自刃する と 公言してはばらなかった だから 殉死されたんじゃ いけない ってんで 朝日の東京本社は 若手記者数名に とにかく 岸田を見張れ とか 命じた 若手記者が 数ヶ月 がんばってたせーか 岸田さんは 殉死を遂げることができなかった 岸田さんは 今上帝 には お仕えしてない 年も年だったし それに 一代限り と決めて 死ぬつもりだったから で 皇室番を引退したあと 若手の記者が こんなことを 聞いた 岸田さんは それほどの尊皇家だったんですから 昭和天皇 と 私 みたいな本とか 書いたらどうですか そしたら 岸田さんは 言った 自分は 昭和天皇 のことを書いて 印税をもらうようなことはしたくはない 21年間 お仕え申し上げた せめてものごほうびに 昭和天皇 とのことは 墓場まで もっていきたい 自分だけの思い出としたいのだ これも まいに 書いたことだけども ニュースステーションに まいに出てた高成田は 東京・世田谷の 元華族の家柄の出だし 山田 ってゆー論説委員も 昨年暮れの朝生で言ってたよーに 朝日新聞社 ってのは 皇室ファン や 皇室よりの 記者が 最も 多い新聞社 (もともと 親が政治家だとか 家系が元華族とか そゆー坊ちゃん嬢ちゃん多い会社 ある意味 いっと 権力の側に近い新聞社) それが 一見 赤旗に近いこと 書くのは ひとえに 輪転機止めるぞ この野郎 の 現業部門の 組合員たちへの 迎合 懐柔 (編集局の記者は 闇専従ってのを 1年経験し 組合ってもんが どゆーもんか 体得させられる 読売 産経は こゆーことが起きないように 現業部門は 別会社にしてる そこでは 東スポ 聖教新聞も 同時に刷られてるらしー 東京の隅田川 わたって すぐんところに あんだ) で こゆー会社としての背景を除いて 虚心坦懐に 岸田さんの人生を ながめっと 朝日に 岸田あり って言われた所以が よくわかる 鐵一周年のときに 宮内庁元楽部長・東儀文隆さんのこと 書いたけど 岸田さんも ただ 黙々と 誠実に 誠実に 陛下 と向き合って 仕事をしてきたひと そゆー 静かな尊皇の情のある 老紳士が 皇太后陛下 の訃報に接し 皇室への不敬の多い ニュースステーションに出て 重石となってくれたことに ぼか  崩御されて 12年余り いまだ  皇太后陛下に寄り添うていらっしゃる 先帝陛下 昭和大帝 の 偉大さを 感じた 岸田 おまえが 送ってくれたのだな そう おまいしか おるまい と いかにもおおせになりそうな調子で 天 の声が テレビから 聞こえてきたように思った さよなら

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