【アメリカ合衆国】
日本の近代史を振り返ってみると、アメリカ合衆国(以下アメリカ)が日本の命運の大きな鍵を握った場面が二度ある。
一度目は数百年にわたって外国との交流を絶ってきた鎖国日本に対する、強引なまでの開国劇である。西暦1854年東インド艦隊司令長官ペリ−が浦賀に来航して以降、江戸幕府はアメリカとの間に日米和親条約、日米友好通商条約の締結とたてつづけに開国にともなう外交関係を結んだ。
アメリカはペリ−が来航したとき、いわゆる「黒船」とよばれる軍艦四隻を引き連れ、基本的に鎖国を固持しようとした徳川幕府に対し、武力を以ってむりやりに開国させた。その後日本は明治維新を経て、欧米諸国の支配下にあったアジア地域の植民地とは異なり富国強兵政策を掲げ近代国家建設に邁進し、結果東洋一の先進近代国家に成長したのである。
二度目は大東亜戦争終結後の、連合国による日本民主化のときである。連合国といっても実質的に、アメリカによる占領政策であったことは誰の目にも明らかであった。このときもアメリカは彼らの主観による、強引な政策を押しつけてきた。その中には農地改革、財閥解体など昭和維新に沿うものもあったが、現行憲法制定やいわゆる六・三・三教育制度の導入というような戦後日本の社会的荒廃の主たる元凶をなす政策が大部分であった。しかし、明治維新のときと同様、その後の日本は奇跡的ともいえる高度経済成長を成し遂げ、欧米に肩を並べる国に成長したのである。
二度にわたるアメリカのテコ入れによって、日本はその方向性を決定されたわけだが、二度ともアメリカにとって脅威をあたえる国になっていることに気づかれるであろう。確かに自分たちが助勢した国が、自国を脅かす国力をつけてきたら、対抗策を立てたくなる気持ちもわからなくはない。 しかし、それはあくまでもアメリカの論理であって、日本からみれば、むりやりに彼らの論理を押しつけ、民族としての意志を無視し、結果的に日本の社会的荒廃をもたらしておいて、いまさらのように批判されるいわれはない。それでは、まるで引き金を引かせておいて、その罪は行為者になすり付けるようなものである。何たる自己中心的思考、何たる悪辣な態度であろうか。
口では民主主義を唱えながら、自分たちの論理が通らなければ容赦なく相手を攻撃する。これがアメリカ合衆国の真の姿である。忘れてはならない!彼らの原理は「言論」ではなく「力」の論理であり、まさに帝国主義そのものであることを。 たとえば、西暦1983年。アメリカはカリブ海のグレナダという人口十一万人の国に侵攻した。86年にはテロへの報復としてリビアを爆撃。89年にはパナマへ派兵している。これらすべてが、アメリカの先制攻撃なのである。
アメリカは建国以来、幾度も戦争を経験しているので軍首脳部は非常に詳細な戦争計画を立て、軍・民間の死傷者シミュレーションを行い、それに従って具体的な戦略を整えている。
新ガイドラインはこのアメリカの戦略に沿って作成されており、日本はアメリカの国益のためにアメリカ軍を支援することになる。有事立法は独立国として当然ながら必要である。しかし、われわれはアメリカと対等な立場での軍事協力を求めており、このアメリカ中心の防衛構想には断固として反対する。
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