【大東亜戦争の歴史学的考察】
現在、大東亜戦争の認識について様々な論争が展開されている。その代表的な論説は簡単に言って、「侵略戦争論」と「自衛戦争論」の善悪論争や、善悪論の延長にある「自虐史観」と「自由主義史観」等の熾烈な論争である。

われわれは、これらのいずれにも属さない。結論を述べれば大東亜戦争は、自衛的戦争でもあり侵略的要因を含む戦争でもあったと考えている。そして、大東亜戦争の歴史的な意義は「アジアの解放」にある。単純に善悪で判断できるものではない。

なぜなら、戦争とは正義と正義のぶつかり合いであって、けっして善悪論では割り切れないものだ。そして、歴史認識とは時間的・場所的・個人的な影響を非常に受けやすいもので、また、戦争の当事者であるか傍観者であるかといった視点によっても、その評価は異なってくるものなのである。


たとえば、ナチス・ドイツが引き起こしたとされる第二次世界大戦も、ドイツ側からみれば「ドイツ民族の復興」「ドイツ民族の居住地域拡大」という錦の御旗を抱いていたわけで、彼等の心情的な論理においては戦争は「悪」ではなくむしろ「善」だったのである。
コロンブスのアメリカ大陸発見

大東亜戦争についても同様で、日本人からすれば「アジアの開放と大東亜共栄圏の建設」といった大義名分があり、アジアから白色人種を駆逐するという崇高な任務に従事していたという自負がある。しかし、戦場となった中国大陸や東南アジア、南太平洋の諸群島の住民にとって日本軍は、「侵略者」に映った部分が多大にあるであろう。

歴史にはこのような二面性がある。一方の側からみた歴史認識と、もう一方の歴史認識が異なることはむしろ自然なことなのである。特に戦争といった国家と国家の威信をかけた状況下では、歴史認識は非常に主観的なものになりやすい。誰でも戦う理由は正しいものと思っているからだ。それを無理矢理、一方の歴史観に立って論じてみたところで、客観的な結論など出てくるはずもない。

結局、大東亜戦争の責任を求めるならば「当事国みんなが悪かった」という歴史観にたつべきであろう。日本にも責任があり、アメリカにも中国にも責任がある。さらに欧米列強の帝国主義に対しても、その一因を求めるべきであろう。

そして、当時の国際社会は、植民地を獲得することに何らの非難もなされなかった時代、つまり、弱肉強食の時代であったということを忘れてはならない。中国大陸にしても日本以外にイギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、ロシア、オランダといった欧米列強諸国が、利権を拡大しようと虎視眈々と機会をうかがっていたし、これらの国々は他のアジア地域に植民地をすでに持っていたのである。

日本一国に全ての原因を押しつけるのは理不尽であるし、歴史考察においては、はなはだ弊害を生む原因になってしまうことに気づくべきなのだ。日本が裁かれるのなら、他の訪米列強国も裁かれなければ公平ではない。このようなスタンスに立たない限り、上記のような堂々巡りで「二つ併せて一つの事実」的な論争に結論はないのではないだろうか。


また、客観的な事実として大東亜戦争後にアジアの地図はがらりと変わった事が挙げられる。欧米列強の植民地となっていたアジア各国が次々と独立していった。日本と戦ったアメリカ・イギリス・オランダにとって大東亜戦争は「自国の植民地を侵犯する日本との戦い」であったわけだが、戦後もとの植民地の宗主国に復権した国は、ついになかったのである。

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