【戦後民主主義の評価と問題点】
昭和20年8月15日、大日本帝国政府は連合国軍の降伏勧告、いわゆるポツダム宣言を受諾した。国際法上、日本の降伏は9月2日の戦艦ミズーリでの降伏文書調印日であるが、戦闘行為の基本的停止、国民の感情、日本政府の対応などの諸条件から、実質的に8月15日に大東亜戦争及び第二次世界大戦が終結したとわれわれは考える。
この敗戦によって日本は新たな道を選択することになったのだが、新生「日本」の選んだ道は民主主義国家の建設であった。いわゆる「戦後民主主義」とは大日本帝国が国是としていたことに対するアンチテーゼとして出発したもの(あくまでも連合国の視点からだが)であり、国民自身が政治の主役であるといった視点に立った、まさに「民主主義」の理想をその根本に掲げていたといってよい。
たしかに国民は全体主義の横暴には辟易していたし、アメリカ主導であるとは言いながらも日本復興に向け民主主義の看板を打ち出した日本政府に期待したのである。
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一般的に民族派と呼ばれる右翼勢力はこの戦後体制をすべて否定しがちである。しかし、われわれはこの体制の良い部分は評価し、その問題点を追及し、どのように解決して行くべきかを探ってみたい。
戦後の日本が本当に民主的な国家であるのか。この問いかけには、賛否両論があると思われる。われわれ自身、西洋的な「政治志向の強い国民自身が選択した政権基盤による支配」であるかは非常に疑問であり、制度は民主主義であるが政治・政策は民主的ではないといったところが実状では、と考えている。しかし、だからといって今の日本が全体主義かといえば、何が何でも政治を悪者にしようとする勢力以外の人たちには、そのような体制からはほど遠い国家であると思う。どのような形であれ国民が選択した為政者により政権が運営されていることは事実であるので、あえて戦後民主主義について論じようと思う。
国家の根本的義務がその国民の繁栄と等しい利益の享受にあるとするならば、戦後の為政者はその手腕を大いに賞賛されるべきである。世界を相手にした戦争に敗れ、国土は焦土と化し全てをゼロからスタートした国を、少なくとも日本国憲法にあるように「全ての国民が健康で文化的な生活を営む」といった目標はこの国ではほぼ達成されたといってよい。
敗戦後の配給経済から今や世界第2位の経済規模を持つ国に日本は成長した。戦後最大の不況といわれる現在でさえ、スーパーには世界中の産地からの新鮮な食料があふれ、ものを買うのに何時間もの行列を待たなければならないといった状況はこの国では皆無である。毎日の食卓のワインにさえわれわれ日本人は事欠くことはない。
これは世界的なレベルでみてみるときわめて異常なことである。世界人口の80%は飢えと背中あわせの状況は我々日本人には理解しにくい。我々の身の回りには過剰とも思えるほどの、家電製品であふれている。街には車があふれ、人々は余暇を楽しみ飽食にふけっている。
社会資本も基本的には整備され国内の移動に困難な状況はない。福祉制度も不十分ながら機能しており、建て前の弱者救済政策が採られている。その他医療機関・学校教育機関・体育施設・通信施設等の整備も整っており、世界でもトップレベルの生活水準を享受しているのである。
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